「母体血中胎児細胞による胎児DNA診断の倫理的側面」
森岡正博(大阪府立大学総合科学部助教授・生命学)
近年の生殖技術の進展はめざましいが、そのなかでも今後もっとも大きな可能性と倫理的問題点を含むと思われるものが、いわゆる「受精卵診断」と「母体血中胎児細胞検査」である。前者が体外受精によって得られた受精卵を対象とするのに対し、後者は産科を訪れる全妊婦が潜在的な対象者となるという点で、将来の影響力は格段に大きいと考えられる。
ただし、胎児細胞検査の場合は、その検査によって胎児に遺伝的あるいは先天的な障害が発見されたときに、人工妊娠中絶が暗黙のうちに予定されており、ここに大きな生命倫理の問題が生じてくることになる。人工妊娠中絶の倫理問題は、(1)親の自己決定に基づいて胎児の生命を抹消することの倫理性と、(2)胎児の生命の質を検査した上で胎児の生命を抹消することの倫理性という二重の難問を抱えており、胎児細胞検査は、この二重の難問をきわめてクリアーな形で我々の前に突きつけるのである。
また、現在臨床応用されている「トリプル・マーカー・テスト」のシステムを引き継ぐ形で胎児細胞検査が商用で応用されることが予想されるが、その点についても事前の慎重な吟味が必要である。さらに、妊婦へのカウンセリングの問題、障害者の権利の問題などを、社会全体の考慮に入れて考えておかなければならない。これらについて、社会的な議論を活性化させるための、ひとつの試みとしたい。