症例4解説

1.会話の中から問題点をリストアップし、問診で確認すべきことはなんでしょう。

黄疸?
貧血?
めまい?
・・・回転性(vertigo)、浮動性(dizziness)、立ちくらみ
・・・単に酔っているだけ、脳虚血症状としてのふらつき
・・・下血がなかったか?

2.身体所見をどう解釈するか

血圧:100/64mmHg、脈拍:100/分:

Shock index・・・出血量の判定
脈拍数÷収縮期血圧=出血量(L)
例えば・・・
脈拍100/分、収縮期血圧100mmHgなら
100÷100=1(L)の出血
Shock indexは出血に対する交感神経機能を反映している。つまり・・・

2L出血しても直後は貧血という形で現れない!

交感神経が作動して末梢血管が収縮し、心拍数が増加して血圧の維持時に働く

肝の触診所見:

    肝を正中で3横指、右鎖骨中線で1横指触知
    肝の辺縁:鈍
    表面:小結節状
    硬度:弾性硬
    圧痛:+
        →肝硬変なのに肝腫大、しかも小結節状?
        →アルコール性肝障害ないし肝癌を考える

肝の圧痛:

被膜が急に伸展した場合
被膜に炎症や癌が浸潤した場合

波動:

        腹水や嚢胞内に液体の貯留を意味する
            →体位変換現象があれば腹水の貯留をより正確に診断できる

3.肝に圧痛を認めた時に考える疾患は何か

被膜の伸展
→アルコール性肝炎、急性肝炎
被膜の炎症や癌が浸潤
→肝膿瘍、肝癌

4. 血液検査所見をどう理解したらいいのでしょう
貧血の原因:@ A

貧血の原因→必ずMCVとMCHCを算定
MCV:112
MCHC:33.8
大球性正色素性貧血・・・なぜ?

巨赤芽球性貧血
ビタミンB12欠乏→悪性貧血・・・内因子の減少
葉酸欠乏
肝障害、特に肝硬変やアルコール性肝炎
網赤血球増多・・・造血が亢進している場合

好中球増多の理由:@ A

感染、特に細菌感染・・・核の左方移動
出血
アルコール性肝炎
妊娠
ストレス環境
ステロイドホルモン

5.この症例で低アルブミン血症をきたす原因はどう推定されるでしょう

摂取不足
消化・吸収不良
肝硬変
出血
ネフローゼ症候群、蛋白漏出性胃腸症
消耗性疾患
甲状腺機能亢進症、慢性炎症、悪性疾患

6.中性脂肪はなぜ高いのでしょう

アルコール代謝に伴なってredox shiftが起こり、NADHの処理にTCAサイクルが占有されるため中性脂肪の分解が遅延する一方、その合成は亢進するため。

7.高血糖は今後どのように推移すると考えられますか(ちょっと難しい)

アルコール代謝に伴なって産生されたアセトアルデヒドは交感神経を刺激し、カテコールアミン類の分泌を促進する。その結果、耐糖能が低下するため糖尿病状態になるが、禁酒によってエタノール代謝の影響が薄らげば急速に耐糖能は改善する。

8.この症例の肝組織生検所見はどうなっているのでしょう(できれば図示)

アルコール性肝炎
肝細胞風船様変化、好中球浸潤、Mallory体
アルコール性肝硬変
小結節性

9.腹水について説明しましょう。
1)身体所見は?

        波動の触知、体位変換現象(shifting dullness)を認める

2)画像診断では・・・腹部X線撮影および腹部超音波検査所見は?

        腹部X線撮影: 肝角の消失、側腹線条の開大(flank strip sign)、腸腰筋(psoas line)消失など。

        腹部超音波検査: Morison窩(肝下面から右腎臓の間)、脾腎境界部には少量の腹水でも検出し易い。

3)腹水貯留のメカニズムはどうなっているんでしょう?

        腹水発生の機序には肝性因子、全身循環因子、腎性因子が相互に関連してしている。

4)治療はどうしますか?        

    1. 一般的治療:@安静臥床、A塩分制限(3〜5g/日)、B血清Naが130mEq/Lなら水分摂取を1日1L以下とする。

    2. 薬物療法:@アルブミン製剤、A利尿剤: 抗アルドステロン剤(スピロノラクトン)、ループ利尿剤(フロセミド)。

    ※段階的治療法:@安静と塩分制限、Aアルブミン静注追加、Bスピロノラクトン投与追加、Cフロセミド投与追加。

    3. 難治性腹水への対策: @腹水穿刺排液+アルブミン静注、A腹水濾過濃縮再静注、B腹膜頚静脈シャント。

10. 内視鏡検査について 

1)内視鏡検査で何がわかったのでしょう。

    下部食道の静脈瘤破裂。

2)どのような処置を行ったのでしょう。

    内視鏡的静脈瘤結紮術(Endoscopic variceal ligation: EVL)。この方法は緊急止血には優れているが、再発率が高いため、内視鏡的静脈瘤硬化療法と併用される。

11. この症例で・・・緊急に是正する必要があるデータはどれでしょう。
@Hb 11.5 g/dl:出血量を考慮する。

A血小板10万:通常5万以下にならないと出血傾向は出現しない・・・血小板減少では粘膜・皮下出血、凝固因子減少では関節内に出血しやすい。

血小板は10万以下が血小板減少症
臨床症状が出現するのは5万以下、特に3万以下は危険
ところで、臨床症状・・・
血小板減少:表層からの出血、皮下出血、粘膜からの出血
凝固因子減少:関節内、腹腔内などの出血
したがって、10万あれば緊急の血小板輸血は必要ない

BNa 132 mEq/L:浮腫性疾患

低ナトリウム血症をきたす疾患

浮腫性疾患
利尿剤 投与
高血糖
Addison病
心不全、ネフローゼ、肝硬変
SIADH
   →低ナトリウム血症を急速に改善すると橋中心髄鞘崩壊を発生させることがある

Cアルブミン2.5g/dl:低アルブミン血症は緊急補正の適応はない。

D空腹時血糖値 250mg/dl :少量のインスリンを使うことはあるが、禁酒による急速な改善を待つ。


行うべき検査:緊急内視鏡検査を第一選択 ----なぜ?

1)背景病変はアルコール性肝硬変らしい
2)血圧の低下と頻脈・・・出血
3)体外に出血したのでなければ、体内に出血・・・消化管出血
4)問診で下血の有無を確認・・・鮮血かタール便か
5)出血時期の想定・・・貧血として現れていない
6)出血部位の想定・・・吐・下血の状態、BUNの上昇

肝硬変患者の診療に当たっては3大死因を常に考慮する

消化管出血・・・食道静脈瘤破裂
貧血、吐・下血、血圧、脈拍に常に注意を払う
原発性肝癌
AFP・PVKA-U、腹部超音波・CT検査
肝不全
肝性脳症、羽ばたき振戦、血中アンモニア、アミノ酸分析

消化管出血を疑うポイント

ショック状態、ないし貧血の増強
(急性期には貧血として現れないこともに注意)
タール便の有無
BUNの増加(Crは正常)
・・・消化管出血が肝性脳症の誘引になることがあることも留意