肝性脳症・腹水

肝性脳症 (hepatic encephalopathy)

T.定義

急性および慢性肝不全症例にみられる精神・神経症状

肝性昏睡(hepatic coma)も同意語

U. 発生機序

1.      アンモニア

1) 産生

l        アンモニアはアミノ酸の代謝過程で発生する。

l        腸内細菌によって産生されたアンモニアが腸管から吸収され、門脈系シャントを介して体循環に入る。

2)捕捉

l        血中アンモニアは主に筋組織でα-ketogulutarateに捕捉されてglutarateglutamineとなる。その後、脱アミノ反応を経てalanineとなり、肝へ送られる。

l        肝ではalanine からglutamateを経てaspartateとなり、尿素サイクルに入って最終的には尿素にまで代謝される。

3) 排泄

l        アンモニアの最終代謝産物である尿素は腎から排泄されるほか、glutamineからもNH4+として排泄される。

 

2.      アミノ酸不均衡

1) 肝硬変における分枝鎖アミノ酸の減少

l        筋組織においてNH3捕捉のために分枝鎖アミノ酸が利用される。

l        門脈系シャントによって不活化されないなかったインスリンの作用によって、筋組織での分枝鎖アミノ酸の取り込みが高まる。

2) 特殊アミノ酸製剤による治療---分枝鎖アミノ酸製剤

l        Fisher比を高め、偽神経伝達物質(phenylalanine→phenylethanolamine、tyrosine→octopamine)の産生を抑制する。

l        NH3捕捉のために消費された分枝鎖アミノ酸を補って、NH3捕捉とTCAサイクルでのATP産生を回復させる。

 

V.分類

l       昏睡度分類(表)    

昏睡度

精神症状

参考事項

T

睡眠−覚醒リズムの逆転  

多幸気分,ときに抑うつ状態

だらしなく,気にとめない態度

retrospectiveにしか判定できない場合が多い

U

指南力(時・場所)障害,物をとり違える(confusion)

異常行動(例:お金をまく,化粧品をゴミ箱に捨てるなど)

ときに傾眠状態(普通の呼びかけで開眼し,会話ができる)

無礼な言動があったりするが,医師の指示に従う態度をみせる

興奮状態がない

尿,便失禁がない

羽ばたき振戦あり (flapping tremor)

V

しばしば興奮状態またはせんもう状態を伴い,反抗的態度をみせる

嗜眠状態(ほとんど眠っている)

外的刺激で開眼しうるが,医師の指示に従わない,または従えない(簡単な命令には応じえる)

羽ばたき振戦あり(患者の協力がえられる場合)指南力は高度に障害

W

昏睡(完全な意識の消失)

痛み刺激に反応する

刺激に対して,払いのける動作,顔をしかめるなどがみられる

X

深昏睡

痛み刺激にも全く反応しない

 

 

W.診断

l       症状と理学的所見

l       血液生化学検査

l       血中アンモニア値上昇

l       Fischer比: 正常者で3〜4、肝性昏睡者では1以下

l       脳波:徐波、3相波(下向きが陽性波)

l       エックス線CT: 脳室の大きさから、脳浮腫の有無を調べる

X.治療

  1. 予防的治療

l       便通を整える

l       消化管出血を予防する

l       蛋白の摂取制限

l       電解質異常の補正

  1. 肝性脳症の治療

l       蛋白摂取制限:1日40g以下、糖質を中心に1,300から1,600Cal/日

l       ラクチュロース: 腸内細菌によって乳酸を生じpHを低下させるためアンモニアの吸収を抑制(pHが下がるとNH3 NH4+となって、イオンは吸収されにくいため)、下剤としての効果、エンドトキシン血症の予防

l       分枝鎖アミノ酸(blanched chain amino acid: BCAA)の投与: BCAA投与により筋組織で取り込まれたBCAAはTCAサイクルを経て、α-ケトグルタール酸を経てグルタミン酸となり、これにアンモニアが結合してグルタミンを生成するためBCAA投与により血中アンモニアの濃度も低下する。

l   非吸収型抗生剤の投与: ネオマイシン、カナマイシン

l   脳浮腫: マンニトール

 腹水(ascites)

T.肝性腹水の発生機序

  1. 全身循環因子:心拍出量と循環血液量は増加しているが、末梢血管抵抗の低下と動静脈吻合により有効循環血液量の減少している。 

  2. 腎性因子:循環血液量の減少と種々の神経性・体液性因子により腎血流量の低下(GFRの減少)、アルドステロン増加によるNa再吸収亢進、水の排泄障害をきたす。

  3. 肝性因子:肝静脈枝、門脈枝が線維性隔壁により圧迫され、類洞内静水圧、門脈圧が上昇するため、肝リンパ液生成の亢進、門脈末梢枝の透過性亢進をまねき、低アルブミン血症による血漿膠質浸透圧の低下と相まって腹水の発現につながる。

U.腹水の性状鑑別(表)

 

外観

性状

原疾患

 

漿液性

蛋白量2.5g/dl>:漏出液

 

(全身浮腫,心拡大)→心不全

(全身浮腫,尿蛋白)→ネフローゼ症候群

(肝機能障害)→肝硬変,劇症肝炎

  −細菌(+),腹水pH低下→特発性細菌性腹膜炎

 

膿性

白血球数

500/mm3

蛋白量4.0g/dl<:滲出液

(細菌(+),好中球増加)→急性化膿性腹膜炎

(リンパ球増加)→結核性腹膜炎

 

血性

赤血球数

10,000/mm3

(細胞診(+), 腹水CEA上昇)→癌性腹膜炎

(貧血,ショック症状)→腹腔内出血

結核性腹膜炎,急性膵炎

乳糜性

エーテル添加・振盪により透明化

胃癌,膵癌,悪性リンパ腫,結核,フィラリア症,腸管リンパ管拡張症,肝硬変,外傷

 

脂肪性

白沈

癌性腹膜炎,結核性腹膜炎

 

胆汁性

黄褐色

胆嚢・胆管穿孔,胆汁性腹膜炎

 

粘性

淡灰黄色ゼリー状

腹膜偽粘液腫

 

 

²       特発性細菌性腹膜炎(spontaneous bacterial peritonitis:SBP):高度の肝萎縮を認める例に多く、消化管出血、肝腎症候群やDICを合併しやすく、致死率が高いため早期診断を要する。発熱、腹痛、腹部圧痛およびBlumberg徴候を認めるが、無症状の場合も多く、穿刺液の細菌培養が必須である。腹水中の好中球500/mm3以上や、好中球250500/mm3でも症状のある場合ならSBPと診断される。

V.治療

1.  一般的治療:@安静臥床、A塩分制限(35g/)、B血清Na130mEq/Lなら水分摂取を11L以下とする。

2.  薬物療法:@アルブミン製剤、A利尿剤: 抗アルドステロン剤(スピロノラクトン)、ループ利尿剤(フロセミド)

     ※段階的治療法:@安静と塩分制限、Aアルブミン静注追加、Bスピロノラクトン投与追加、Cフロセミド投与追加

  3. 難治性腹水への対策: @腹水穿刺排液+アルブミン静注、A腹水濾過濃縮再静注、B腹膜頚静脈シャント。

 肝硬変有腹水患者に非ステロイド系消炎鎮痛剤を投与すると腎プロスタグランジン合成が抑制され、肝腎症候群が惹起されることがあり、この種の薬剤の使用は極力控えるべきである。