1. 食欲をコントロールする仕組み
脳の摂食中枢は視床下部にあり、その腹内側核(満腹中枢VMH: 摂食を抑制する)と外側野(摂食中枢LHA: 摂食を促進する)によってコントロールされている。
ブドウ糖、カテコラミン、モルフィン、TRH などは摂食中枢を抑制し、満腹中枢を促進して食欲を抑える。またインスリン、遊離脂肪酸などは摂食中枢を促進し、満腹中枢を抑制するため食欲は亢進する。
また、胃の収縮伸展情報や肝臓の化学受容器からの情報は迷走神経を介して延髄に送られ、さらに視床下部へと伝えられる。また視床下部からは、前頭前野や辺縁系(とくに扁桃体)へ情報が伝えられ、ここで視覚、味覚、嗅覚、聴覚などの感覚情報も統合され、空腹感や満腹感として認識される。
このように、視床下部や大脳辺縁系は摂食行動の制御において重要な役割をすると同時に、情動行動の発現や制御に重要な役割を果たしている。このため、情動ストレスや情動障害においても色々なレベルの食思不振や食行動の異常が生じることになる。
一方、ストレスや抑うつ状態では、視床下部室傍核でのセロトニン(5-HT)の代謝回転が増加し、食欲抑制物質であるCRF (corticotropin releasing factor)の分泌増加につながり、食欲の低下がもたらされると考えられている。
2. 問診のポイント
体重は、体格とも密接に関連するものであるため、まず問診ではその人の体質とともに、発育の経過、栄養状態などを詳細に尋ねる必要がある。その上で、以下のようなことを尋ねる。
1)初期の体重、減少の程度、体重が減少した経過について: いつから減少が始まったか、どれくらいの期間で減少したか
2)減少し始めたときの自覚、および他覚症状: 下痢、嘔吐、月経異常、発熱などがなかったか
3)食欲、食事摂取量の変化: 神経性食思不振症では、食べたいということ、活発に動きたいということが多く、人前では多く食べているように見えても、後で食べたものを吐いている、ということもあり、精神症状との関連に注意する
4)常用する薬の有無: 甲状腺剤、食欲抑制剤などの服用
5)家族歴と体格: 両親や兄弟が肥満体でないか、体格が筋肉質か、やせ型かなど
3. 診察のポイントと検査
一般的には慢性炎症、消化器疾患、内分泌疾患、悪性腫瘍等を念頭に置き、検尿、検便、血液像(貧血や白球増多)、血液化学(肝機能、コレステロール、電解質)などの一般検査を行うとともに、心電図、胸・腹部]線写真などのチェックは必要である。これらの所見を総合的に判断して、必要があれば特殊検査を行うほか、精神科疾患の有無も検索する。
4. 食思不振をきたすおもな疾患
1.消化器疾患 1)口内炎、口角炎、舌炎 2)食道炎、食道癌、アカラシア 3)急性胃病変、胃潰瘍、胃癌、胃機能障害 4)十二指腸潰瘍、腸炎、過敏性腸症候群、潰瘍性大腸炎、クローン病、腸結核、吸収不良症候群、虚血性大腸炎、イレウス、大腸癌 5)急性、慢性肝炎、肝膿瘍、肝硬変、肝癌、胆嚢炎、胆石症、胆道ジスキネジー、胆嚢癌、胆管癌、急性膵炎、慢性膵炎、膵癌、腹膜炎
2. 感染症 腸チフス、バラチフス、赤痢、コレラ、 マラリア、敗血症
3. 循環器、呼吸器疾患 うっ血性心不全、肺結核、慢性呼吸不全
4. 腎疾患 急性、慢性腎炎、ネフローゼ症候群、腎不全、
5. 血液疾患 鉄欠乏性貧血、悪性貧血、再生不良性貧血、白血病、ホジキン病
6. 内分泌疾患 下垂体腺腫、シーハン症候群、シモンズ病、アジソン病、副甲状腺機能亢進症、甲状腺機能低下症、
7. 代謝疾患 糖尿病
8. 脳神経疾患 アルツハイマー病、脳腫瘍、脳炎
9. 精神神経疾患 神経性食思不振症、うつ状態、心因反応、神経症、自律神経失調症
10. その他 薬剤による副作用(解熱、鎮痛剤、抗生物質、ジギタリス製剤など)、中毒性疾患(麻薬、アルコール、タバコ、重金属など)