門脈圧亢進症

T.門脈系の解剖

 

l       肝内門脈系

l       肝外門脈系

²      脾静脈

²      上腸管脈静脈

²      下腸管脈静脈

ð      胃冠状静脈:本来、左胃静脈、右胃静脈、幽門前静脈を総称するが、左胃静脈と同意語として使用される。この静脈は食道静脈瘤を介して奇静脈、半奇静脈と交通しており、門脈圧亢進症における食道静脈瘤の形成に大きく関与している。その他の食道静脈瘤に関る側副血行路として短胃静脈がある。

 U.門脈系の生理

l       門脈圧:正常値は100-150mmH2O、200mmH2O以上を異常亢進という。

l       血流:門脈血流は1,000-1,200ml/minとその血流量はきわめて大きい。肝への血流は肝動脈と門脈によって供給され、その割合は1:3-5と門脈血流の占める割合が高く、したがって肝動脈を結紮しても肝細胞壊死には陥らない。また、酸素含有量が高く、大循環静脈血と動脈血の中間値を示す。

 V.門脈圧亢進症における側副血行路

l       門脈−左胃静脈−胃・食道静脈瘤−奇静脈・半奇静脈−上大静脈

l       門脈−肝内門脈左枝−臍静脈−臍旁周囲皮下静脈−上腹壁静脈−内胸静脈−上大静脈

l       門脈−臍旁周囲皮下静脈−下腹壁静脈−股静脈−外腸骨静脈−総腸骨静脈−下大静脈

l       門脈−下腸間膜静脈−上直腸静脈−痔静脈−中・下直腸静脈−内腸骨静脈−下大静脈

²      メズサの頭(Caput medusae):臍を中心として放射状に広がる怒張した皮下静脈。

²      Cruveilhier-Baumgarten症候群:臍部副血行路が著しく、臍部で静脈性雑音が聴取される。

²      猪瀬型肝性脳症:巨大側副血行路の発達により、反復性肝性脳症のみられる場合。

 

W.門脈圧亢進症

A.病因と分類

 

l       Budd-Chiari症候群

肝静脈および肝部下大静脈の閉塞による肝静脈の還流障害に伴う病態。原因:@肝部下大静脈の膜様閉塞が原因となるものが多い。膜様閉塞部位に血栓が形成される。A二次性として真性多血症などの血液疾患や肝癌に続発するものがある。症状:@急性型では突然の悪心・嘔吐、腹痛で始まり短期間にショック、昏睡となって死亡する。A徐々に浮腫、腹水が出現し、下腿の潰瘍・色素沈着が診断の発端となることもある。検査:@身体所見 肝・脾腫大、腹水、腹壁静脈怒張が認められるのに、一般肝機能は良好。A肝はうっ血肝。治療:@抗凝固療法、血栓溶解療法(ウロキナーゼ)。A外科的治療:膜様閉塞部にはバルーンカテーテルによる閉塞部開通術、門脈体循環副血行路造設術が行われる。

B.症状

l       胃・食道静脈瘤とその破裂による吐・下血

l       脾機能亢進症:脾腫、血球減少

l       腹水

l       胸・腹壁皮下静脈の拡張:メズサの頭←→Budd-Chiari症候群との鑑別

l       高アンモニア血症:猪瀬型肝脳症


 C.診断

l       血液検査:汎血球減少、骨髄では幼若細胞の相対的増加

l       胃・食道静脈瘤の検査:X線検査、内視鏡検査(Red-color sign:出血の危険性が高いとして重視されている所見)

l       食道静脈瘤内視鏡所見記載基準

判定因子

記号

細分

1.占居部位

(Location)

:上部食道まで認める静脈瘤

:中部食道に及ぶ静脈瘤

:下部食道に限局した静脈瘤

: 胃静脈瘤.L-cとL-fに細分する

-c:噴門輪に近接する静脈瘤

-f:噴門輪より離れて孤在する静脈瘤

2.形態

(Form)

:静脈瘤として認められないもの

:直線的な細い静脈瘤

:連珠状の中等度の静脈層

:結節状あるいは腫瘤状の太い静脈瘤

3.基本色調

(Color)

 

:白色静脈瘤

:青色静脈瘤

附記事項:血栓化静脈瘤はCb‐Th,C-Thと附記する

4.発赤所見

(Red color sign)

RC

発赤所見とは,ミミズ腫れ様所見(Red wale marking:RWM),Cherry‐red spot様所見(Cherry red spot:CRS),血マメ様所見(Hematocystic spot:HCS)の3つを指す.FでもRC signがあれば記載する

RC(−):発赤所見をまったく認めない

RC(+)= 限局性に少数認める

RC(++):(+)と(+++)の間

RC(+++):全周性に多数認める

附記事項:Telangiectasia(TE)があれば附記する

5.出血所見

(Bleeding  sign)

 

出血中の所見:噴出性出血(spurting bleeding)

          にじみ出る出血(oozing bleeding)

止血後の所見:赤色栓(red plug)

          白色栓(white plug)

6.粘膜所見

(Mucosal        findings)

UI

びらん(Erosion:E)

潰瘍(Ulcer:UI)

瘢痕(Scar:S)の3つに分類し、(+)(−)で表現する

l       血管造影

²      動脈造影:静脈相として検出する場合。

²      門脈造影:@経皮経肝的門脈造影法 エコ−ガイド下に直接肝内門脈枝を穿刺して造影する場合、A経脾門脈造影法、経上腸間膜静脈性門脈造影法など。門脈造影法に際して、門脈圧を測定することもある。

²      肝静脈造影:肝硬変では"枯れ枝状"となり特発性門脈圧亢進症では"しだれ柳状"となる。

l       CT検査、超音波検査など

 

D.治療

l       静脈瘤の保存的治療法

²      バルーンタンポナーデ法:Sengstaken-Blakemore tube 緊急止血用として最も一般的に用いられる。

²      薬物療法:ピトレッシン、ソマトスタチン、プロプラノロール(βブロッカー)

²      塞栓療法:経皮経肝的食道静脈瘤塞栓術(Percutaneous transhepatic obliteration:PTO) 経皮経肝的にカテーテルを左胃静脈や短胃静脈に挿入し、塞栓物質を注入し、静脈瘤への血流を減少させる。

²      内視鏡的静脈瘤硬化療法:内視鏡的に食道静脈瘤の内または近傍に硬化剤を注入して静脈瘤に血栓を形成させる方法。@血管内注入法 硬化剤:ethanolamin oleate(EO)、A血管外注入法 硬化剤:Athoxysklerol(AS)、BEndoscopic variceal ligation(EVL) Stiegmann ligator。血管内注入が可能な限り血管内注入をくり返し、静脈瘤およびその供血路まで血栓形成により完全閉塞させる。その後、血管外注入によって残存細静脈の脱落と粘膜・粘膜下層の線維化を促進して再発防止を目指す。EVLは手技的に容易であり緊急止血に用いられるが、これのみでは再発が高率であるため、硬化療法と併用する必要がある。

l       手術療法

²      門脈減圧術:門脈と下大静脈との吻合→Eck症候群

²      食道離断術

²      肝移植

  

特発性門脈圧亢進症(Idiopathic portal hypertension:IPH)

IPH診断の手引き(厚生省特定疾患門脈血行異常症調査研究班報告書1993)

T.概念:脾腫、貧血、門脈圧亢進を示し、しかも原因となるべき肝硬変肝外門脈・肝静脈閉塞、血液疾患、寄生虫症、肉芽腫性疾患、先天性肝線維症などを証明し得ない疾患をいう。

U.主要症状

脾腫

門脈圧亢進症状として側副血行路形成(吐血・腹壁下静脈怒張など)

貧血

V.診断上参考になる検査所見

1.       血液検査: 一つ以上の有形成分の減少(骨髄像で幼若細胞の相対的増加を伴うことが多い)。

2.       肝機能検査: 正常ないし軽度異常。

3.       X線検査・内視鏡検査: しばしば上部消化管に静脈瘤を認める。

4.       超音波検査: 脾腫大、脾静脈径の増大を認め、肝実質エコーに異常なく肝表面は平滑で、しばしば副血行路の発達を認める。超音波ドプラ法では門脈本幹径の増大、血流量の増加傾向がみられる。

5.       腹部CT・肝シンチグラム: 肝の萎縮は目立たないことが多い。脾腫あり。骨髄の描写はまれ。

6.       肝静脈カテーテル法: 肝静脈閉塞なし。閉塞肝静脈圧は正常または軽度の上昇。

7.       逆行性門脈造影: 肝内門脈の造影不良。

8.       肝静脈造影: しばしば肝静脈枝相互吻合としだれ柳様所見を認める。

9.       門脈造影: 肝内門脈枝の走行異常、分岐異常などがみられることが多い。肝外門脈に閉塞なし。

10.   門脈圧測定: 圧亢進を認める。

11.   腹腔鏡・術中肝表面観察: 肝硬変の所見なし。大きな隆起と陥凹を示し、全体に波打ち状を呈する例が多い。

12.   肝生検・剖検: 肝硬変の所見なし。門脈末梢枝のつぶれを伴う肝線維症を特徴とする。うっ血、寄生虫などの所見なし。

 

l       疑い例: Uの2つ以上があり、Vの1, 2, 4〜8の検査のいずれかにより肝硬変の疑いが少なく、かつ血液疾患を除外した場合。

l       確診例: 前記疑診の所見に加えてVの1, 3のいずれかにより門脈圧亢進所見を認め、Vの4, 6〜9, 11, 12の中のいくつかの検査によりTにあげた疾患を除外し得たもの。

 

従来本邦ではBanti症候群と呼ばれてきたものをIPHとして統一することになった。しかし、本症は門脈圧亢進症を呈する各種疾患を除外して初めて診断できるもので、これらの疾患の中には本症との鑑別がきわめて困難なものも含まれる。

肝生検像:@小葉構造はほぼ保たれているが、門脈域相互ないし門脈と中心静脈との位置関係が著しく失われているところがある。A肝細胞の変性・壊死は目立たない。結節形成の傾向に乏しい。B門脈域では線維化や炎症細胞浸潤はないかあってもわずかである。C末梢門脈域では、門脈枝の狭小化・消失がみられる。肝動脈枝はむしろ目立つ。門脈枝近傍で異常血行路を認めることがある。D太い門脈枝には壁の強い硬化像や血栓形成をみる。この周囲には強い線維の増生と拡張した小脈管の集族を認める。