2012年11月

「医科大どおり秋号」を掲載しました。

当院では、年4回(季刊誌)医科大どおりを発行しています。

医科大どおりは、当院の情報やトピックスなどを掲載し、患者さまや地域の先生方と情報交換を行い、病診連携を深めることを目的に発行されています。

今後も、いつでも誰でも安心してかかれる病院をモットーに医療や健康に関する情報を提供させていただきます。

医科大どおり秋号はこちらです。

「平成24年度外来患者さま満足度アンケート結果」を掲載しました。

当院では、外来患者さまを対象に外来診療における診療内容・サービス等について満足度やご意見をアンケート形式で収集し、外来診療の機能向上や今後の病院運営に役立てることを目的として、年1回「外来患者さま満足度調査」を実施しております。
今年度は平成24年9月11日、12日に実施し、870名の方にご回答いただきました。

 

『平成24年度外来患者さま満足度アンケートの結果』はこちらです。

 

 

金沢医科大学 教えて!ドクターを掲載しました。

医科大病院特集ページに「金沢医科大学 教えて!ドクター」を掲載しました。
掲載記事は「月刊北國アクタス(北國新聞社)」で紹介されているもので、
毎月、最新の治療法や医療に関するトピックスを本学の医師が分かりやすく説明します。

「金沢医科大学教えて!ドクター」はこちらです。

平成24年度第6回健康管理講座を開講し、今年度の講座を閉講しました。

当院では、一般の方を対象に 「健康管理講座」を毎年開催しています。
第6回目の講座終了後、22名の出席のもと閉講式が行われました。
23年目を迎えた今年度は、8月18日(土)から10月27日(土)までに計6回開講され、5回以上出席された20名の方に修了証書が授与されました。
本講座は、受講者の方々に興味を持っていただけるよう新しい企画を盛り込みながら、来年度も開講する予定です。
是非ご参加ください。

 

【第6回  講座内容】

日 時 : 平成24年10月27日(土)13:30~

場 所 : 当院 病院新館12階大会議室

演 題 : 『タバコ肺年齢』

講 師 : 呼吸器内科 長内 和弘先生

 

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金沢医科大学 教えて!ドクター 第8回

 

災害医療の最前線 

東日本大震災支援で進化を証明

 

  昨年の東日本大震災ではDMAT(ディーマット)と呼ばれる災害派遣医療チームが全国から延べ380チームも被災地に駆け付け、医療活動に従事しました。金沢医科大学病院からも5人編成のチームが仙台市で活動しました。日本におけるDMATの提唱者である金沢医科大学救急医学の和藤幸弘教授に、進化を遂げている災害医療の最前線についてうかがいました。

 

【今月の回答者】

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和藤 幸弘(わとう ゆきひろ)  

金沢医科大学救急医学教授     
金沢医科大学病院救命救急科科長・救急医療センター部長          


可及的速やかに駆け付けるDMAT

DMATは大規模災害発生時に可及的速やかに被災地に入り、災害現場における医療活動や広域医療搬送、被災地の病院支援などを行うチームです。災害現場ではがれきの下の医療、傷病者を重症度と緊急性によって分別し治療の優先度を決定するトリアージ、応急措置などに従事します。

チームは指定医療機関ごとに編成され、メンバーは専門的な訓練を受け、隊員資格を持つ医師、看護師、業務調整員の計5人で構成されます。被災地の要請に基づいて派遣されますが、実際の派遣要請は厚生労働省が整備したEMIS(広域災害救急医療情報システム)を通じて、隊員の携帯端末にメールで届く仕組みになっています。

要請を受けた医療機関はただちに派遣チームを編成し、被災地の指定集合場所に駆け付けます。現地での活動は急性期に限られ、移動時間を除き概(おおむ)ね48時間以内に終えることになっています。とにかく一刻も早く被災地に急行し、「救える命を救おう」というのがDMATの使命なのです。

 

金沢医科大学病院は3チーム編成が可能

DMATは1995年の阪神・淡路大震災において初期医療が機能せず、多数の死者が発生した教訓を生かそうと提唱され、2002年度に制定された「東南海・南海地震に係る地震防災対策の推進に関する特別措置法」などに基づき、首都圏直下型地震、東海地震、東南海・南海地震などを想定して整備されることになりました。

厚生労働省が本格的な隊員養成研修、医療機関の指定などを始めたのは05年度からで、石川県では本院をはじめ6医療機関が指定医療機関となっています。

本院は救命救急科が中心になって積極的にDMAT隊員の登録を進めており、現在、医師7人、看護師6人、調整員4人が隊員資格を有しており、3チームを編成できる体制を築いています。うち医師3人は災害時に各DMAT本部の責任者として活動する資格を持つ統括DMAT登録者です。

本院のチームが初めて出動したのは07年3月の能登半島地震でした。同年7月の新潟県中越沖地震の際も出動しましたが、いずれも対象となる傷病者が少なく、現地での活動は限定的でした。

 

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宮城県災害対策本部を視察する和藤教授(中央、青の防災服)=昨年3月20日、仙台市の宮城県庁

 

全都道府県から380チームが集結

11年3月の東日本大震災の際も、もちろん出動しました。詳細は隊員として被災地に赴いた岩井淳一助教のリポートに譲り、ここでは日本集団災害医学会理事の立場から東日本大震災におけるDMAT活動を振り返ります。

まず全都道府県から延べ380チーム約2000人が東北に集結したことや、北海道、九州、沖縄のチームはシミュレーション通り自衛隊機で移動できたことなどから、DMATが全国規模で機能することや、その機動性が証明できたと考えています。東北自動車道は緊急車両以外の通行が禁止され、スムーズに移動できたのも成果です。

災害医療がほとんど機能しなかった93年の北海道南西沖地震や阪神・淡路大震災と比較すると、大きな進歩を遂げたと言えるでしょう。

震災直後の3月20、21日に福島、宮城両県の災害対策本部を視察したのですが、いずれも災害救急が専門の医師が加わっていました。日本では恐らく初めてのことであり、医師の必要性が認識されてきたことを示しています。

ただ、宮城県にDMATが集まり過ぎた半面、岩手県では活動が十分にできなかったことは反省点です。宮城県は交通事情が良く、マスコミも集結して情報発信が多かったのに対して、岩手県は情報量が少ない上に、沿岸部につながる道路事情が悪く、支援が求められた地域での活動が手薄になってしまったのです。

また、急性期の医療を担うDMATが活動を終えた後は、慢性期の医療を担う医療救護班などが被災地に入ることになっているのですが、到着までに時間がかかり、医療の空白が生じた地域が多かったようです。切れ目のない災害医療体制をどう構築するかが今後の課題だと思います。

本院に関しては原発事故を想定していなかったため、用意してあった放射線検出サーベイメーターを持たずに出動してしまったことが反省点です。

 

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大きな関心を集めた第17回日本集団災害医学会総会・学術集会の模様=2月21日、金沢市内

 

関心高かった金沢での学会

今年2月に私が会長を務めた第17回日本集団災害医学会総会・学術集会が金沢市で開かれました。東日本大震災後初の学会ということもあって関心が高く、全国から研究者をはじめ警察、消防、自衛隊関係者ら例年の約1・5倍にあたる1500人以上が参加しました。演題数も350と例年を大幅に上回り、うち約170題が東日本大震災関連でした。

学会を通じて災害医療体制整備の重要性や課題について関係者が情報や認識を共有できたことは大きな成果であり、今後の災害医療の発展につながると思います。

東日本大震災に際して金沢医科大学病院はDMATだけでなく、石巻市に7次にわたって医療救護班を派遣したほか、心のケアチーム、日本看護協会災害支援ナースなども派遣しました。

災害医療にさらに貢献できるよう、DMAT登録者の拡充に向けた院内啓発の強化や備蓄資機材の見直しなどに取り組む方針です。

 

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東日本大震災でのDMAT活動◉岩井 淳一

(金沢医科大学救急医学助教、金沢医科大学病院救命救急科医師)


自ら派遣隊員に志願
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東日本大震災の当日は救急医療センターで勤務していました。携帯電話にDMAT隊員の待機要請メールが届き、早速、資機材の準備などに取り掛かっていた16時11分に派遣要請が出ました。

災害医療に従事したくて救急医療の道を選んだ私は、「ぜひ行かせてほしい」と志願し、救命救急科の小倉憲一准教授、看護師2人、調整員1人とともに派遣隊員に任命されました。男性のみの編成にしたのは、災害規模の大きさ、安全性やトイレの問題を考慮した和藤教授の判断です。

医局所有のドクターカーと私の四輪駆動ハイエースの2台に分乗して出発したのは18時。私の車はテレビ、シャワー、コンセント付きで、寝るスペースもあったので、結果的にとても有効でした。

当初は福島に向かう予定でしたが、途中でメールがつながらなくなり、ネットを見ながら目的地を仙台医療センターに変更しました。到着したのは12日未明です。


肌身で知った被災現場

統括からの指示でわれわれは陸上自衛隊霞目(かすみのめ)駐屯地でトリアージに従事することになりました。傷病者が次々にヘリで搬送されてくるとの触れ込みでしたが、実際には十数人程度の軽症者だけでした。津波の犠牲者が多く、救命措置が必要な被災者が少なかったからです。一種のミスマッチが起きたわけですが、これは現地に行ってみなければ分からないことなので、仕方ありません。

午後は仙台医療センターに戻り、院内の廊下に簡易診察室を設けて、搬送患者のうち軽症者の診療を行いました。13日夜にDMATは解散となり、14日に帰還しました。

被災の現場を肌身で知ったことは貴重な経験でした。津波に襲われた沿岸部にも行きましたが、その悲惨な光景に鳥肌が立ちました。その際に津波警報が出て、急いで避難する体験もしました。

今回の活動を通して、日ごろの準備の大切さをあらためて感じました。現場での経験を仲間たちに伝えながら、緊張感を持って災害に備えたいと思います。

 

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被災者の診療を行う金沢医科大学病院のDMAT=昨年3月12日、仙台市の仙台医療センター

 

【月刊北國アクタス2012年11月号掲載】

金沢医科大学病院

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