重症筋無力症の診断と治療
17-2 脳脊髄神経科(神経内科)|教授 松井真
1.重症筋無力症とは
重症筋無力症は、歴史の古い病気です。約110年前の19世紀の終わりに、myastheniagravispeudoparalytica と名付けられ、最初の2つの単語を日本語訳したものが、現代の日本においても本疾患の正式名称として使用されています。この病気が、1970年代までは呼 吸筋が急速に麻痺して死に至ることがある恐ろしい病気というイメージが強かったことは事実です。重症筋無力症の患者さんが、感染症や精神的および肉体的ス トレスあるいは不適切な投薬などをきっかけとして、2~3日から2~3週間の経過で呼吸困難に陥ってしまう状態をクリーゼと言います。以前はこのクリーゼ により亡くなる方が少なからずおられたのです。
重症筋無力症の治療では、薬を飲みながら病気をうまくコントロールし、学業や仕事を他のひとたちと同様にこなし、あるいは妊娠・出産を経て子育て をするなど、元気に人生を送れることを目標にします。したがって、医療機関との連携をうまく保ち、治療の目的をよく理解して気長に通院を続けて行くこと が、最終的な治療成功の鍵になります。
2.重症筋無力症の症状
重症筋無力症は、神経と筋肉のつなぎ目が障害される疾患です。多くの患者さんでは、片方あるいは両方のまぶたが下がる、物が二重に見えるなどの眼 の症状が最初に現れます。それは自然に消えたり、時にはだんだんひどくなったりもします。そのうちに、手足の力がぬけやすい、あるいは電話などで長く話し ているとろれつが回りにくくなるなどの症状が加わります。放置すれば、呼吸をするための筋肉が麻痺して死に至ることがあります。
このような症状は、午前中には比較的軽く、夕刻にかけて悪くなり、そして一夜寝て休息が取れた後は再び回復するという日内変動が特徴です。
3.重症筋無力症の原因
重症筋無力症の患者さんの血液中には、抗アセチルコリン受容体抗体という抗体が存在します。アセチルコリンという物質は、運動神経が筋肉に活動性 の指令を出す際に、運動神経と筋肉のつなぎ目の隙間に神経側から放出される物質です。このアセチルコリンが、筋肉側に存在するアセチルコリン受容体(物質 受け入れのためのポケット)にうまく入ると、刺激が筋肉に伝わり、筋肉が収縮するのです。ところが、抗体がアセチルコリン受容体に結合してしまうと、受容 体は破壊され、せっかく運動神経から放出されたアセチルコリンは行き場を失い、刺激を受けられない筋肉は収縮することができずに麻痺してしまうのです。
ヒトには免疫というシステムが働いています。免疫系は、外界から体内に侵入しようとする、あるいは既に侵入してしまった細菌やウイルスに対して、 白血球や抗体などの武器を駆使して排除する役割を担っています。ところが、重症筋無力症の患者さんの免疫系は、アセチルコリン受容体を異物として誤認して しまっています。このことにより、抗体が、自分の体の一部であるアセチルコリン受容体を攻撃してしまうのです。
4.重症筋無力症の診断
重症筋無力症の診断は、抗アセチルコリン受容体抗体の検出により、ほぼ確定できます。しかし、眼の症状だけの患者さんでは抗体が検出されないこと が珍しくありません。ある注射薬を投与して症状が一時的に改善するかどうかを確かめるテンシロン試験は、抗体検出の有無に関わらず診断確定に役立ちます。 重症筋無力症の診断は、外来診療でも可能です。
当院神経内科では、最新鋭の免疫分析装置を導入しました。この器械を使用して、採血させて頂いた血液検体を詳細に調べ、免疫系の異常を明らかにす ることで、適切な治療法を選択できるようなシステムを開発中です。
5.重症筋無力症の治療
重症筋無力症の治療には2つの柱があります。一つは十分な量の副腎皮質ホルモンを内服することで、もう一つは、胸腺摘出術です。副腎皮質ホルモン は抗アセチルコリン受容体抗体の産生を抑制します。また、胸腺は誤った抗体を作らせる指令を出しているTリンパ球の教育の場となっているため、胸腺摘出術 は、いわば悪者の司令部を潰すという治療です。発症から手術までの間が短い程、手術の効果があるとされています。
最近、副腎皮質ホルモン治療が奏功しない患者さんや糖尿病などでこの治療を継続することが難しい患者さんにも有効で比較的安全な免疫抑制薬による 治療が行われています。その他、神経と筋肉の隙間のアセチルコリン量を増加させて症状を軽くする薬が適宜使用されます。
最初の副腎皮質ホルモン投与時には、一時的に症状が悪くなる場合があり、眼の症状のみの患者さん以外は、重症筋無力症の治療は入院で行うのが原則 です。



