04/08/17
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■ 偽膜性腸炎の診断
【質問】
 ご多忙中申し訳ありません。○×病院病理部の医師です。先日, 病理解剖した症例で, 判断に苦慮している症例がありますので質問いたします。

症例は60歳代の女性です。精神疾患にて近医入院中に突然の発熱を来したため, PIPC 2.0 gram 2×を二日間投与されたのちに意識レベルの低下, 腹満, 血圧低下などの症状で当院に搬入されました。搬入時には既にプレショック状態で, 腹部CTでは結腸壁の肥厚を認めたとのことでした。その後, 種々の治療に反応なく,搬入から半日で他界され,病理解剖が行われました。剖検では, 著明な結腸の壁肥厚と散在性の偽膜の形成を認めました。肉眼的ならびに組織学的には“偽膜性腸炎”として相反しない所見と思われました。また他の臓器には, 明らかな異常は認めませんでした。しかしながら, 生前に施行されましたCD checkの結果は陰性 (toxinのcheckはなされていません)で, 便培養からは常在菌の他に大腸菌O1が同定されています。そこで, 質問ですが・・・本症例を「CD check陰性の偽膜性腸炎」と判断してよいものかという点と, 「大腸菌O1の感染でも偽膜性腸炎様の所見」をとりえるかと言うふたつの点につきご教授いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

【回答】
 結論から申し上げますと, 「(検査した際に) CD check陰性であった偽膜性腸炎」だと考えます。偽膜性大腸炎は病理的診断名で, 内視鏡検査で, あるいは手術時や (ご質問の症例のように) 剖検時に腸管に偽膜形成が認められることにより診断されます。適切な検査が行われれば, ほぼ100%の偽膜性大腸炎症例でClostridium difficile毒素検査あるいはC. difficile培養検査が陽性であるといわれています。CDチェックは, C. difficileの産生するグルタメートデヒドロゲナーゼをラテックス凝集反応で検出する検査ですが, 偽陰性結果は稀ではありません。培養検査で大腸菌が検出されたとのことですが, 大腸菌による偽膜性大腸炎の報告はないと思います。嫌気培養を行ったでしょうか??? C. difficileの分離は, 選択培地を使用し, 嫌気培養を行わない限り難しいので, C. difficile感染症を疑っているという情報を検査室に伝えて検査依頼をしない限り, 検査自体がなされないかと存じます。さらに, アルコール処理などによる芽胞選択を行うと, より分離しやすくなると思います。偽膜性大腸炎は, 生前診断されずに剖検で初めて診断されることは少なくありません。剖検時に腸管内容物を採取し, 偽膜形成が認められたという情報を検査室に伝えて, 毒素検出と菌の分離を依頼してください。検体輸送容器は, 漏れない蓋つきの容器なら何でもよいですが, 5 ml以上の十分量の検体を採取することが重要です。

 ご質問の症例では, 急激な症状の進行が認められたようですが, 偽膜形成が主に観察されたのは腸管のどの部分だったでしょうか。精神科の入院症例の場合, 消化管蠕動を低下させる薬剤を使用する場合も多いので, リスクファクターのひとつとなり, 下痢症状が認められないレイウスのような病態になったのかもしれません。

(国立感染研・加藤 はる)
【質問者からのお礼】
 残暑厳しき折り, 先生におかれましてはますますご健勝のこととお喜び申し上げます。さてこの度は, ご丁寧な回答を頂き, 誠に有り難うございました。嫌気性培養は, 一度空気に触れるとできないとの回答が検査室よりありましたので, 嫌気培養は施行されていません。また, 腸の内容物を調べるという知識がなかったので, 採取はしておりません。お恥ずかしい話ですが, 細菌培養に関する知識がなく, 十分な検索はできませんでした。今後, 同様の症例を経験した際には, 先生からご教授して頂いた方法を試してみたいと思っております。大変, 勉強になりました。今後ともよろしくお願いいたします。

【追加質問と回答】
 先日は, 大変貴重なご意見を頂き, 誠に有り難うございました。ところで, ご質問を受けていた点に関して, 私の返答の漏れがありましたのでメールいたします。あと数点, 追加質問したい点がありますので, 併せてご教授くださると幸いです。

偽膜の存在部位に対する返答ですが, 「偽膜は上行結腸から直腸に至るまで, 散在性に観察されました。部分的には集簇巣も見られました」。

【コメント】
 偽膜性大腸炎は, S状結腸から直腸に病変が認められる症例が多いのですが, まれには小腸に病変が認められる症例も報告されています。特に, 回盲部から上行結腸にかけて病変が限局する場合はイレウスになりやすい傾向があり, 診断が遅れる症例も認められます。ご質問の症例は, toxic megacolonや消化管穿孔は認められなかったでしょうか???

次に私からの追加の質問ですが, 剖検の大腸組織からC. difficileの同定を試みようと細菌室に提出したのですが, “一度空気に接触すると同定は困難”と検査室から言われ, 検査を施行しておりません。“実際の組織などで, 嫌気性培養を施行したい時には, どのような方法で組織を採取するのが良いのでしょうか”??? 

【回答】
 一般的に偏性嫌気性菌を分離したい場合には, 容器内に二酸化炭素などが充填してあるような“嫌気性菌分離用”の輸送容器を使用してください。“まったく酸素に触れないように採取”するのは (検体が何であれ) 不可能かと思いますが, なるべく早く培養を始めれば, 分離感度はよくなると思います。ただし, Clostridium difficileの場合は, 糞便検体中で芽胞を形成しているので, 十分量の糞便検体が採取できれば, 嫌気状態で輸送する必要はありません。C. difficileを分離する場合, 消化管内容物 (糞便) が採取可能であれば, 検体中の毒素検出も可能であり, 腸管組織の培養は必ずしも必要ではないように思いますが, どうでしょうか。

それと, 腸では, 常在菌のコンタミのため, なかなか病原菌の同定は難しいと検査室から言われることが多いのですが, “腸の内容物あるいは腸の組織をC. difficile検出の目的で提出する際に, 先日ご教授して頂いた点以外にないか注意すべきこと”があれば教えて頂けると幸いです。

【回答】
 糞便検体の提出に関しては, 十分量 (5 ml程度以上) 採取し, 検査室に輸送するまでは冷蔵庫に入れていただければよいと思います。検査まで2日以上, 時間がかかる場合は冷凍しておいたほうが培養にはよいと思います。ただし, 毒素に関しては冷凍しないほうがよいとの報告もあります。検体を提出する際に, “C. difficile感染を疑っている”ことを検査室に伝えることが重要です。培養検査では, ご指摘のとおり, いかにC. difficile以外の細菌を抑えるかが培養のポイントになります。1) アルコールあるいは熱処理による芽胞選択を行う, 2) 予備還元したC. difficile選択培地 (セフォキシチン・サイクロセリン・フルクトース培地あるいはセフォキシチン・サイクロセリン・マニトール培地) を使用し, 3) 嫌気培養をおこなってください。1)と2)によりC. difficile以外の細菌はほぼ抑制されますので, 釣菌しやすいことに加え, 驚くほど分離の感度が向上することを保証します。

 最後になりますが, 本症例の遺族が前医の治療に関して不信感を抱いているようで, 問題症例として慎重に対応したいと思っておりましたので, 貴重なご意見大変参考になりました。ご多忙中とは存じますが, よろしく御教授のほどお願いいたします。

【コメント】
C. difficile関連下痢症は頻繁に認められる感染症ですが, 適切に診断されずに見過ごされることが多い疾患です。抗菌薬などの誘因となった薬剤を中止すれば回復する症例が多いなかで, 本症例のように重篤な状態になる場合もあることに注意しなければなりません。

(国立感染研・加藤 はる)
【質問者からのお礼】
 ご丁寧な回答, 大変有り難うございます。本症例ではtoxic megacolonや消化管穿孔は見られませんでした。また, まれに小腸にも偽膜性腸炎を起こすとのことですが, 今回質問させて頂いた症例と前後して小腸の偽膜性腸炎を起こした症例を経験しました。この症例はCD checkは陽性でした。非常に勉強させて頂きました。今後ともよろしくお願い致します。

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