金沢医科大学報2015

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金沢医科大学報

金沢医科大学報は、本学の広報誌として1979年(昭和54年)6月に創刊されて以来1月、5月、8月、11月と年4回発行され現在にいたっている。

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2015(No.161-164)

金沢医科大学報164号
164.jpg道の機能美

金沢は、浅野川と犀川の2本の河川や台地からなる起伏と、江戸時代にできた城下町特有の都市構造が相まって、市内の交通に不便が伴いがちである。
新しい山側環状道路は、トンネルや橋梁を大胆に採り入れた独特の構造で、機能美と景観美を備え、渋滞緩和や地域の活性化に大きな役割を担っている。

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金沢医科大学報163号
163.jpg頂めざして

立山は、北陸地方では地元の山として親しまれている。
夏になると、残雪の山道をたくさんのグループが、まぶしいばかりの陽光の中、頂をめざして歩を進めて行く。その広い視野の風景を魚眼レンズで一つにおさめた。
写真に目を近づけて、広視野での臨場感を味わってみてください。

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金沢医科大学報162号
162.jpg整備がすすむ金沢城公園

金沢城の歴史は、1546年の本願寺による金沢御堂の創建に始まる。1583年には前田利家が入城し本格的な建城が行われ、1869(明治2)年まで加賀藩前田家14代の居城であ った。明治以降は日本陸軍の第九師団の拠点として、終戦(1945年)から1995年までは金沢大学のキャンパスとして利用された。
1999年から「平成の築城」として菱櫓を中心とした復元整備が始まり、五十間長屋、橋爪門続櫓、河北門などが復元され、2008年には国の史跡に指定された。今春、玉泉院丸庭園が整備され、橋爪門二の門竣工により「金沢城三御門(石川門、河北門、橋爪門)」がそろった。
表紙の菱櫓は、高さ17メートル、建物は全体が菱形をしており、敵を両方向から監視できるように角が鋭角とな っている。専守防衛の考えから天守閣のない金沢城において、天守に代わる機能を持たせたと考えられている。
今後も史実に沿った整備が進められ、100年後の国宝を目指している。

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金沢医科大学報161号
161.jpg北陸新幹線発進

東海道新幹線開通から50年、ようやく北陸に新幹線がやってきた。
金沢と首都圏とが2時間半で結ばれ、盛んな文化交流が進む中で、北陸の良さがさらに磨かれていくこともまた期待される。

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