縦隔と縦隔腫瘍

縦隔は、「肝臓」や「腎臓」とはちがって、特定の臓器をあらわす言葉ではありません。右肺と左肺の間にはさまれた場所のことを意味しています。縦隔には、心臓、大血管、気管・気管支、食道、胸腺、リンパ節、神経節など複数の臓器が存在しています。
この縦隔に発生する腫瘍を総称して、縦隔腫瘍と呼びます。つまり、発生母地の異なるさまざまな種類の腫瘍をまとめて縦隔腫瘍といっているわけです。縦隔は、下図のように大きく4つの部位に分類されており、部位ごとに発生しやすい縦隔腫瘍の種類が異なります。

縦隔腫瘍の概要

縦隔腫瘍は比較的まれな腫瘍です。日本胸部外科学会の調査によると、2012年の1年間に全国の呼吸器外科で行われた手術総数72899件のうち、縦隔腫瘍に対する手術は4671件で、全体の約6.4%でした。原発性肺癌に対する手術が約50%であることと比べても、とても少ないことが分かります。
中でも、最も多いのは胸腺腫瘍で、縦隔腫瘍全体の50%近くを占めます。続いて縦隔嚢胞が約20%、神経原性腫瘍が約10%、胚細胞性腫瘍と悪性リンパ腫が4~5%ずつと続きます。

無症状であることが多いため、検診や他の病気で撮影した胸部レントゲン写真で発見されることが多いです。しかし、比較的小さい腫瘍はレントゲンでも異常をとらえにくく、他の病気で胸部CTを撮影したときに偶然見つかる場合が多いです。

おもな症状

縦隔腫瘍の多くは無症状です。腫瘍が大きくなって周囲の臓器を圧迫すると、以下のような症状があらわれますが、かなり巨大になるまで無症状で過ぎることもあります。

胸部や背部の痛み、
咳嗽、喘鳴、呼吸困難感などの呼吸器症状、
大血管の圧迫による上半身の血管怒張や顔面のむくみなど、
脊髄の圧迫による上下肢のしびれや感覚異常、
神経の圧迫による嗄声(声がれ)、半身の発汗異常など、
食道圧迫による嚥下困難(食べ物を飲み込む時の胸のつかえ)

代表的な疾患

1)胸腺腫瘍
縦隔腫瘍の中でももっとも頻度の高い腫瘍です。前縦隔に存在する胸腺から発生する腫瘍で、胸腺腫、胸腺がん、胸腺カルチノイドが含まれます。中でも胸腺腫が縦隔腫瘍全体の約40%を占めます。一般的には自覚症状はなく、腫瘍が大きくなると上記のような症状があらわれる場合があります。
また、胸腺腫のおよそ3割は、重症筋無力症、低γグロブリン血症、赤芽球ろう(重症の貧血)などの自己免疫性の疾患を合併することが知られています。
2)縦隔嚢胞
嚢胞とは内部に液体成分を含んだ袋状のものをいいます。嚢胞の発生した場所によって、胸腺嚢胞、気管支嚢胞、心膜嚢胞などと呼ばれます。良性の病気であり、症状をきたすことは非常にまれです。
3)神経原性腫瘍
縦隔の神経組織から発生する腫瘍です。良性であることがほとんどですが、約1割は悪性です。腫瘍の成長スピードはゆっくりで、症状をきたすことはほとんどありません。一方、症状がでる場合は、腫瘍がどの神経組織から発生したかによって、特徴があります。
交感神経:半身の発汗異常、一方のまぶたが開きにくい、など(ホルネル症候群)
反回神経:嗄声(声がれ)
横隔神経:横隔膜の動きが不良になることによる労作時の息切れ
肋間神経・腕神経叢:肋間神経痛(胸痛、背部痛)、脊髄圧迫症状(手足のしびれ、脱力)
4)胚細胞性腫瘍
胚細胞性腫瘍とは、卵子や精子のもとになる細胞が腫瘍化したもので、一般的には卵巣や精巣から発生します。しかし、まれに卵巣や精巣以外から発生することがあり、胸部領域では前縦隔(胸腺)に発生します。良性と悪性に分類され、頻度は悪性1に対して、良性が2~3倍多いです。
良性胚細胞性腫瘍は、奇形腫とも呼ばれ、腫瘍内部に毛髪や皮膚、軟骨などを含んでいます。
悪性胚細胞腫瘍は、セミノーマ(精巣上皮腫)と非セミノーマに分類されます。急速に腫瘍が成長し、気管を圧迫して咳嗽や呼吸困難をきたすことがあります。治療は放射線治療と抗がん剤による化学療法が主体となります。一般的にセミノーマは治療がよく効き、これら2つの治療で完全寛解(症状が一時的に軽くなったり、消えたりした状態。そのまま治る可能性もあります)することがあります。一方、非セミノーマはセミノーマに比べて放射線治療の有効性が低く、化学療法だけでは完全寛解が困難な場合があります。十分な化学療法を行ったあとに、遺残した病巣に対して完全切除が可能な場合は、手術を追加することもあります。
5)悪性リンパ腫
首や脇の下、足のつけ根などのリンパ節が痛くはないのに腫れる症状が多くみられます。このようなリンパ節は腫れずに、縦隔にだけ腫瘍を形成する場合もあります。病状の進行により、発熱、体重減少、寝汗などの症状があらわれます。胚細胞性腫瘍と同様に、急速に進行して胸水がたまったり、気管を圧迫したりして、呼吸困難をきたすことがあります。治療は放射線治療と抗がん剤による化学療法が中心ですが、悪性リンパ腫のタイプ(病型)によって治療法が異なります。病型を知るためには組織診が必要で、腫瘍の一部を外科的に生検することがあります。

診断方法

診断には、胸部レントゲン写真のほか、周囲の臓器との関係を調べるために胸部CTや胸部MRI検査が必要です。病気の広がりをみるために全身PET検査をおこなうこともあります。また、血液検査で、診断に有用な腫瘍マーカーが上昇しているかどうかを調べます。
これらの結果と、年齢、性別などの問診、腫瘍の存在部位によって候補となる疾患をしぼっていきますが、確実な診断をくだすためには組織診が必要です。
そのままでも腫瘍を完全に切除できる場合は、手術ですべてを切除したうえで診断します。腫瘍が大きく、完全に切除することができない場合は、針生検や胸腔鏡下生検などで腫瘍の一部を採取して診断します。

治療方法

1)手術
①胸骨縦切開による縦隔腫瘍摘出術
おもに悪性の縦隔腫瘍、周囲の臓器へ浸潤している可能性のある充実性腫瘍に対して、胸骨を縦に切断して、観音開きのように胸を開け、腫瘍の摘出と浸潤臓器の合併切除を行います。胸の中央に大きな傷跡が残りますが、病巣が大きい、もしくは大血管など周囲へ浸潤している場合は、この方法でなければ切除は出来ません。
切断した胸骨はワイヤーで固定します。胸骨がしっかりとくっつくまでの一定期間は、上半身の運動制限があり、生活上いくつかの注意点があります。職場復帰や運動の再開などは主治医に確認が必要です。

②胸腔鏡による胸腺摘出術、腫瘍摘出術
おもに良性の縦隔腫瘍を対象とした手術です。縦隔嚢胞もしくは5センチ程度までの充実性腫瘍で、大きな血管と離れており、周囲への浸潤がない場合は、胸腔鏡手術が可能です。創部は側胸部に3か所、もしくは側胸部2か所と心窩部(みぞおち)に小切開をおき、胸骨を切断することなく手術をおこないます。胸腔鏡による手術は、傷跡が目立たない、回復が早い、術後一定期間の運動制限がないのが特徴です。
2)放射線治療
胸腺腫瘍は初期のころは被膜という薄い膜に包まれていますが、進行すると被膜をこえて周囲の組織に浸潤します。このような被膜をこえた胸腺腫瘍に対して、術後の局所再発のリスクを減らすために、放射線治療を追加します。放射線治療に要する期間は、一般的には4週間から5週間です。
また、悪性胚細胞性腫瘍のなかのセミノーマや、悪性リンパ腫は放射線治療が有効なので、化学療法と併用して治療します。
3)化学療法
おもに悪性胚細胞性腫瘍や悪性リンパ腫、切除できない胸腺腫瘍に対して、さまざまな抗がん剤、分子標的薬などを使用した化学療法をおこないます。
4)集学的治療
胸腺腫瘍や悪性胚細胞性腫瘍に対しては、一つの治療法だけでは十分な治療効果をえることが難しいため、化学療法、放射線治療と手術を組み合わせて治療をおこないます。呼吸器外科医だけでなく、放射線治療医、化学療法の知識をもった内科医との連携で、難治性疾患の治療成績を向上する努力をしています。